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熱田太々神楽の神楽歌と採り物

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 はじめに

太々神楽は日本中のあちこちにあり、その多くは古事記や日本書紀に書かれている天の岩戸の物語をモチーフとした、仮面劇のようなものです。仮面劇は、獅子舞や大道芸などと同じく娯楽性が高く、見ていても分かりやすいです。しかし、熱田の太々神楽は、天の岩戸の物語をモチーフとはしていることは確かですが、採り物舞・能舞を主体としており、格調は高いものの、見ているだけではそのストーリーは分かりにくいです。
ただ、熱田の太々神楽には、舞ごとに神楽歌が付いており、物語の情景描写をしています。このページでは、神楽歌と採り物から、それぞれの舞が、物語のどの場面を表現しているか、見てゆきたいと思います。

 神楽歌の資料

手元にある熱田太々神楽の神楽歌の資料は以下の9つありますが、わずかな差異を除いて、歌詞はほぼ同じです。また、「唱楽」という文字ですが、熱田・笠寺の人は、唱の文字にシメスヘンにツクリが昌の文字を使っています。普通の漢字には無いので、このHPでは「唱」で代用しています。

1.熱田太々神楽御唱楽歌 (寛政9年(1797)9月、鏡味貞徳、笠寺保存会に伝わっているもの)
2.熱田太々御唱楽歌 (昭和10年11月、熱田神宮御遷座記念、笠寺保存会に伝わっているもの)
3.熱田太々御唱楽歌 (荒川関三郎氏のもの、時代不詳、昭和の中頃か、笠寺保存会)
4.熱田神楽の由来沿革と太々神楽の起源及び曲譜舞振り (荒川鋭雄書、 昭和44年4月、笠寺保存会)
5.現在使われているもの (浜野司氏の書いた・烽フ、現在の笠寺保存会で使用中)

6.張州雑志(1770〜1778)に書かれている、享保17年(1733)3月28日の太々神楽の式次第
7.神楽研究 (西角井正慶著、昭和5年、P139〜、熱田宮略記(著作年代不詳写本)が元になっている)

8.知多西部地方の太々神楽のついて (愛知県神社庁知西支部)
9.真清田神社史 (P938〜、第三節 太々神楽・駒牽神事と神楽始祭)


 天の岩戸の物語 (古事記をベースに、古語拾遺などに書かれている部分を追加)

天照大神と、二番目の弟の月読命とは、父である伊弉諾神の命令で、それぞれ天の国と夜の国とを平和に治めていました。ところが、一番下の弟の須佐之男命は、海の国を治めることになっていたのに何もせず、大人になっても乱暴なことばかりしていました。

最初のうち、天照大神は、乱暴な須佐之男命のことをかばっていましたが、ある日、須佐之男命が機織場の屋根を壊し、そこから皮を剥いで血まみれになった馬を投げ込みました。機織女はびっくりして逃げ惑い、そのはずみに、梭で下腹を突いて死んでしまいました。天照大神は、須佐之男命のあまりの乱暴さに嫌気がさして、天の岩屋という石室に入り、入口の岩戸をぴったり閉めて、こもりっきりになってしまいました。

すると、天上界も下界も、一度に真っ暗になって、昼夜の区別の無い、闇の世界になってしまいました。そして、その闇につけこんで、悪い神々が騒ぎ出し、世界中にいろいろな災いが広がってきました。
天上界にいるたくさんの神々はとても困って、安の河原というところに集まり、天照大神に岩屋から出てもらう方法について、いろいろ相談しました。そこで、思金神という賢い神がいろいろな案を出し、その指図でいろいろな神々が準備に取り掛かりました。

まず、国中からにわとりをたくさん集めてきて、岩屋の前で鳴かせ続けました。

それから、安の河原の川上にあった堅い岩と天の金山の鉄を使って、八咫の鏡(やたのかがみ)という素晴らしい鏡を作らせ、また、八尺瓊の勾玉(やさかにのまがたま)という素晴らしい曲玉の胸飾りを作らせました。また、天の香具山の雄鹿の肩骨を抜き取り、天の香具・Rの桜の木を取り、その桜の木で鹿の骨を焼いて占いをさせました。

そして、天の香具山から榊を根ごと掘り起こしてきて、上の枝に八尺瓊の勾玉を、中ほどの枝に八咫の鏡を、下の枝には白と青の布を取り付けました。そして、布刀玉命という神にその榊を持って天の岩屋の前に立たせ、天兒屋命という神に一生懸命に祝詞をあげました。

天手力男命という力の強い神を岩屋の陰に隠れさせ、それから、天細女命という女神に、天の香具山の日蔭のかづらをたすきにかけさせ、まさきのかづらを髪飾りにさせ、天の香具山の笹の葉を手に持たせ、差鐸(さなぎ)の矛を持たせ、岩屋の前に桶を伏せて、その桶の上に上がって踊らせました。

庭火を焚いて周りを明るくし、にわとりも鳴かせながら、天細女命は、乳も下腹も大腿も丸出しにして、足をトントンと踏み鳴らしながら、神がかりをしたように踊り狂いました。すると、その様子があまりにも可笑しいので、周りにいたたくさんの神々が、一度にどっとふき出して、笑い転げました。

天照大神は、その大騒ぎの声を聞いて、何事が起こったのかと思い、岩屋の戸を少しだけ開けて、そっとのぞきました。そして、天細女命に、「私がこの岩屋の中に隠れていれば、世界は真っ暗なはずなのに、何を面白がって踊っているの?それに、他の神々も、どうしてあんなに笑い転げているの?」と聞きました。

すると、天細女命は、「あなたよりもっと貴い神が現れたので、皆、喜んで騒いでいるのです!」と答えました。同時に、天兒屋命や布刀玉命などの神が、八咫の鏡を付けた榊を天照大神の前に差し出すと、鏡に天照大神の顔が写りました。天照大神は、「あれ、これは誰なんだろう?」と言って、もう少しよく見ようと、岩戸の外へ少し出てきました。

そこで、岩屋のそばに隠れて待ち構えていた天手力男命が、天照大神の手を引っ張って、すっかり外に連れ出してしまいました。そして、布刀玉命が、「もう、これからは岩屋の中に入らないで下さい」と言って、岩戸を閉め、そこに注連縄を張り渡してしまいました。

世界中は、長い夜があけて、再び明るい世界に戻り、神々は、やっと安心しました。
そして、神々は皆で相談して、須佐之男命は、あまりにひどい乱暴をした罰として、たくさんの贖罪の品物・科し、立派な髭と手足の爪を剥ぎ取って、下界へ追い出すことにしました。


 神楽歌の歌詞、舞人と採り物、場面説明

資料によって神楽歌の歌詞に微妙に違う部分がある場合は、上記のうち、寛政9年(1797)9月に鏡味貞徳が書いた熱田太々神楽御唱楽歌を基準にしました。ただ、くずし文字や借用文字が判読できない部分もあり、完全ではないかもしれません。この御唱楽歌には、息継ぎのための区切りと思われる小さな○印がついているので、行の切れ目はそれに従いました。

また、神楽歌の歌詞は、天の岩戸の物語の場面を順に追って表現しており、舞や取り物も、それに関連したものとなっています。舞人と採り物は、張州雑志と神楽研究(西角井正慶著)をベースにしました。

1.鳥居舞
千早振る 神の岩戸に入給へば
八百万の神達 つどひに 神集ひ
祈るべきをはかり先
常世の鳥を あつめてなかしむる 常世や
かけろと鳴きぬ おきよ おきよ 我門よ
妻人もこそ見れ たんと啼つる 常世や
巫女1人、鳥甲をつけ、袖の舞。
天照大神が岩屋に入り、神々が集まって相談し、にわとりを集めて鳴かせた場面です。
袖舞は袖をつまんで舞うもので、おそらく、にわとりの所作を表現していると思われます。

2.木綿志手舞
霜八たび 置けどかれせぬ榊葉に
上つ枝には玉 中つ枝に鏡
下つ枝には青幣白幣
取りかけ 取りし出て
ささげて持ちて ささげて持ちて
舞夫1人が金幣を、巫女1人が銀幣を持つ。
榊の木の上の枝に玉、中の枝に鏡、下の枝に青幣白幣を取り付けて、捧げ持つ場面です。
舞の金幣・銀幣は、青幣・白幣を意味しています。

3.矛の舞
彼の神を祭るには さなぎの矛を持ち
小金の鈴の 玉の声
ゆらゆら ゆれて なにはざ沖の立居にも
中取りもちて 高くもひきくも
わざをぎす
舞夫1人、黒面を着け、矛を持つ。
天細女命が、鐸(さなぎ)の付いた矛を手に持った場面です。
鐸とは筒状の柄が付いた鐘で,内側に舌を吊るして振って鳴らすものです。「わざをぎ」は「俳優」と書き、面白おかしい技を演じて歌い舞い、神や人の心を和らげ楽しませることです。
ただ、舞の方で、舞夫が黒面を着けるという意味が、ちょっと不明です。

4.日蔭舞
かつらや 日蔭 たすきにし
夜半かたに かけまくも
かしこき神に 仕へては
朝げも夕げと 奉る
神のみけ物 忘れずや
巫女1人、心葉をかけた木綿タスキを持つ。 (心葉の参考ページ
天細女命が、日蔭のかづらをたすきにした場面です。
日蔭のかづらは、ヒカゲノカズラ科のシダ植物です。
みけ物は「御饌物」と書き、神饌(しんせん)と同じで、神様へのお供え物のことです。

5.かづら舞
さし櫛の
あかつきかけて
真榊のかづらの 永く久し
百結びにと 木綿志手の
神のおの子も 乙女子も
さすや榊の 栄ゆく
まさきのかづら ながながし
巫女2人、榊・笹を持つ。
天細女命が、真榊のかづらを髪飾りにした場面です。
真榊(まさき)は、真賢木とも書き、蔓性植物のツルマサキのことで、榊のことではありません。

6.鈴竹舞
みず垣の
神の御代より 笹の葉の
たふさとなりて 遊ぶすらしも
笹の葉のさやぐ 霜夜のさへさへて
音もさへさへて 鈴吹く風の音さへて
さへ行き空の 雲晴れぬ
巫女1人、鈴を持つ。
天細女命が、たばねた笹の葉を手に持った場面です。
瑞垣(みずかき)は、神社境内の中にある御神殿の周囲に設けられた垣ですが、ここでは「神」にかかる枕詞として使われています。

7.火処舞
庭火たく 暗きを照らす 火所やき
鳥が啼く あづまは 横雲たな引く空
朝日さす 日のひかり
四方にはみちき 日のひかり
舞夫2人、松明を持つ。
神々が、暗闇の中で宴会を始めるために、庭火を焚いて明るくしている場面です。

8.まふね舞
打ち鳴らす 鼓の音
拍子のもとすへ揃へ
もうもう かうかうと 踏みとどろかす 足音の
高くも遠くも 聞こゆるは
昼はひねもす 七日の昼
夜はよもすがら 七夜の夜
舞かなで ふみ踊る 舞あそぶ
舞夫1人、笏拍子を持つ。
天細女命が、伏せた桶の上で踊る場面です。
まふねは馬槽とも書かれ、桶を指しています。
舞でも笏拍子でリズムをとっており、踊っている様子を表現しています。
「拍子のもとすへ」は、神楽の本拍子と末拍子のことと思います。

9.神かがり
かけまくもかしこき 神のいつくしみ
天も永く 地も久し 神の光もみちみちて
天津ひつぎの 末久し
国も豊に 民安く
雨風時知る御代に 御代神の
恵み深き 海山又山に いや高く
神の恵みぞ 妙なる神
神なる神や 天照る神
巫女1人、右手に中啓を持つ。
天細女命が、神かがリをしている場面です。
中啓は、先だけ少し開いた形の扇で、神楽の舞ではよく用いられます。ただ、ここでは、採り物とは考えられていないようです。

10.笑楽
始めや始め おうおう えいえい
とびかけり とびはしり
縦なるや 横なるや
後先や 先なる子
我も目はある 後なる子
とんとん とんとん
舞夫1人、笑面を着ける。袖の舞。
神々の宴会が始まり、神々が大笑いをして騒いでいる場面です。
笑楽は「えらく」と読みます。
袖をつまんで舞うのですが、にわとりというよりも、これは大笑いの所作を表現しているのかもしれません。

11.ほそめ舞
諸ともに
舞かなで 祈り給へば
神は うけ引く 岩戸の闇
たちまちに 雲晴れて ほそめにあけて
えらくの声に 引きいだす
神の心も やわらぎぬ
舞夫1人鍬を持ち、巫女1人鎌を持つ。
天照大神が、大騒ぎを不思議に思い、岩戸を少し開けて神々と話をしている場面です。
「ほそめにあけて」は、天細女命のことではなく、「岩戸を細目に(=少しだけ)開けて」です。
採り物は、農耕を象徴的に表現しているだけで、ストーリーとは関係なさそうです。

12.おもしろ舞
あなうれしや おもしろや
神のいかりも 解くる夜の
氷も解くる 袖神楽
神の光も照り輝き
人の面も しろじろと
願いもみつの万代の
千代の御神楽 おもしろや
巫女1人、扇を広げて持つ。
天照・蜷_が岩屋の外に出て、世界が明るくなり、神々が喜んでいる場面です。
面白(おもしろ)は、神々の顔に光があたり、白く輝いていることを表現しています。

13.志免縄舞
ひきわたす 此一筋の 志免縄や
又ないらじと 引きしめなは
神もうけひく志免縄の
国も安くに 平かに
民の心も よろこびの
千歳や 千歳や 千歳や
巫女2〜4人、志手付きの注連縄。
岩屋に注連縄を張り渡し、天照大神が中に入らないようにした、最終の場面です。
「ないらじ」は、「内らじ」 or 「な入らじ」で、「中に入らないで下さい」の意味と思います。
2行目の行末は、「志免」の文字の後ろに2文字あるように見え、「縄」では無さそうですが不明です。


以上、13の神楽歌と舞で、熱田の太々神楽はお終いですが、常滑の太々神楽では、最初の鳥居舞の前に「奉幣」、最後の志免縄舞の後に「湯笹」の神楽歌・舞があります。上記の神楽歌と異なり、五七五七七のきちんとした短歌形式になっています。後から追加されたものと思われますが、以下に挙げておきます。

奉幣
麻たつる こころも高天の原なれば
集まりたまへ 天地の神
巫女2人、白幣を持つ。
天照大神が岩屋に入ってしまい、善後策を相談するために、神々を召集した場面です。

湯笹
笹の葉に ゆふしてかけて 乙女子
かささける 御湯を うけしめたまへ
巫女2人、笹と釜を持つ。
湯立神事を意味していると思います。


 資料による、舞人・取り物・衣装の違い

張州雑志 西角井正慶 笠寺 常滑 真清田神社
式正 女2人、鈴を持つ 女2人、鈴を持つ 女、房付鈴を持つ
(歌は注連縄で、名前は七五三舞)
奉幣 女2人、白幣を持つ
鳥居舞 女1人、鳥甲を着ける、袖の舞 女1人、鳥甲・千早・紅袴・懸帯、袖舞、取物無し 女1人、鳥かぶとをかぶり、中啓を持つ(昭和10年、関三郎) 女2人、袖舞 女、扇を持つ
木綿志手舞 男1人、金幣を持ち、女1人、銀幣を持つ 男1人、金の引立烏帽子・布衣・絵袴、青幣を持つ。女1人、天冠・千早・紅袴・懸帯、白幣を持つ 男1人、金幣を持ち、女1人、銀幣を持つ 女2人、金銀幣を持つ 男1人、金幣を持ち、女1人、銀幣を持つ
矛の舞 男1人、黒尉面を着け、矛を持つ 男1人、金の引立烏帽子・黒の尉面・紅布衣・大口太刀、鈴玉付を持つ 男1人、黒面を着け、矛を持つ 男2人、黒面を着け、矛を持つ 男、赤面を着け、矛を持つ
日蔭舞 女1人、心葉をかけた木綿襷を持つ 女1人、羅付心葉・紅袴・懸帯、志手付き木綿手繦を持つ 女1人、たすきを・揩ツ。(タスキをかけて、糸付きの梭を持つ、または、粥を持つ(昭和10年))(タスキをかけて、糸付きの梭を持つ(関三郎))  女2人、湯タスキを持つ 女、日蔭タスキを持つ
かづら舞 女2人、榊・笹を持つ 女2人、天冠・千早・紅袴・懸帯、榊の枝付と篠の枝付を持つ 女2人、榊・笹を持つ 巫女2人、榊・竹 男、榊を持ち、女、稲穂を持つ
鈴竹舞 女1人、鈴を持つ 女1人、天冠・千早・紅袴・懸帯、鈴を持つ 女1人、鈴を持つ 女2人、鈴と竹を持つ 女、鈴を持つ
火処舞 男2人、火所(松明)を持つ 男2人、金の引立烏帽子・布衣、たいまつを持つ 男2人、松明を持つ 男2人、松明を持つ 男2人、松明を持つ
まふね舞 男1人、笏拍子を持つ 男1人、金の引立烏帽子・布衣・紅袴、笏拍子を持つ 男1人、拍子木を持つ。(笏拍子を持つ(寛政9年)) 男1人、笏拍子を持つ 男、弓と矢を持つ
神かがり 女1人、中啓を持つ 女1人、天冠・千早・紅袴・懸帯、袖舞、取物無し。但し、右の手に扇を持つ 女1人、袖を持って舞う、但し、右手に中啓を持つ(寛政9年、昭和10年)
現在は、男が舞う
女2人、弓矢を持つ 女、中啓を持つ
笑楽 男1人、笑尉面、袖の舞 男1人、金の引立烏帽子・笑尉の面・黄布衣・大口太刀、取物は無し 男1人、笑面を着け、左右の袖と共に、両耳たぶを持つ。(白面を着ける(関三郎)) 女2人、蒔銭・扇を持つ 男、黒面を着ける
ほそめ舞 男1人、鍬を持ち、女1人、機織用の梭を持つ 男1人、金の引立烏帽子・布衣、鍬を持つ。女1人、天冠・千早・紅袴・懸帯、糸付きの梭を持つ 男1人、鍬を持つ。女1人、梭を持つ。
(鋭雄資料以外は、男は鍬、女は鎌を持つと記載)
女2人、銚子を持つ 男と女、鍬を持つ
おもしろ舞 女1人、金中啓を持つ 女1人、天冠・千早・紅袴・懸帯、金の扇を持つ 女1人、扇を持つ。(扇を広げて持つ(寛政9年) 男1人、白面を着ける 女、扇を持つ
注連縄 男と女、残らず舞う 男と女、残らず舞う。取物は注連縄志手付き 女2〜4人、注連縄(昭和10年、関三郎では2〜3人) 女2人、注連縄を持つ 七五三舞(式掌)に、この歌が使われてる
湯笹 女2人、笹と釜を持つ
常盤 女2人、鈴と扇を持つ

笠寺は、熱田神楽の由来沿革と太々神楽の起源及び曲譜舞振り(荒川鋭雄書、昭和44年4月)に従い、記載の無いものは、他の笠寺文献を参考にしました。但し、寛政9年資料の舞人・取物の記載は、本文と字体が異なっており、後世の書き込みと思われます。
昭和10年は、このページ最初の資料2、関三郎は資料3、鋭雄は資料4、を表しています。

張州雑志・西角井本などの古いものは、式正舞の記載が無く、もともとは無かったように思われます。ただ、寛政9年資料を含め、笠寺の古い資料にも式正舞は書いてありませんが、いずれも神楽歌のみの資料なので、式正の有無に関しては不明です。

常滑の奉幣・湯笹・常盤も、後になって付け加えられたものと思われますが、常盤には神楽歌がありません。資料では、常滑は湯笹でお終いで、常盤はそのあとにアンコールに答えて舞うような性格のものだそうです。


 神楽歌(神楽舞)の曲順及び名称

江戸時代は、きちんと天の岩戸物語のストーリーの流れに沿って、全曲が演奏されていたと思われますが、明治以後は、非常に簡略化されたものだけになってしまったようです。多くのところでは、一度廃絶してしまって、後に復興しています。
そのせいか、現在行われている太々神楽は、ストーリーの流れを全く無視して、単に演出上の理由から曲の順を決めているように思われます。神楽歌は、歌っていても、その内容は誰も聞いていないということでしょう。

神かがリは、笠寺関係では最初の方に行われますが、これは四方拝を意味していると思います。もともとは巫女の舞だったようですが、現在の笠寺関係では男舞になっており、意味付けが変わってきたのでしょう。

緑の数字は、ストーリーの流れにきちんと沿っている張州雑志などの順番を基本番号として、どういう順番になっているかを表示しています。0はそれに含まれていないものです。

張州雑志
1.鳥居舞の歌、2.木綿志手の歌、3.矛の歌、4.日蔭歌、5.加津羅歌、6.鈴竹歌、7.火処の歌、
8.馬船歌、9.顕神明憑談歌、10.宴楽の歌、11.細目の歌、12.面白歌、13.注連縄の歌

熱田太々御唱楽歌 (昭和10年11月)
1.神かがり、2.鳥居舞、3.ほそ免舞、4.矛の舞、5.可津羅舞、6、木綿志手舞、7.日蔭舞、8.火処舞、
9.おもしろ舞、10.まふね舞、11志免縄
9−1−11−3−5−2−4−7−12−8−13 の順

熱田太々御唱楽歌 (荒川関三郎氏のもの、おそらく戦後のもの)
1.神かがり、2.火処舞、3.木綿志手舞、4.おもしろ舞、5.ほそめ舞、6.鳥居舞、7.矛の舞、
8.日蔭舞、9.すず竹、10.まふね、11.笑ふ楽、12.かづら舞、13.志免縄
9−7−2−12−11−1−3−4−6−8−10−5−13 の順

現在の氷上姉子神社
1.式正、2.神かがり、3.かずらの舞、4.矛の舞、5.ほそめの舞、6.笑楽、7.式正
0−9−5−3−11−10−0 の順

護山神社
1.式正、2.榊の舞、3.鈴の舞、4.扇の舞、5.式正
0−5−6−12−0 の順

真清田神社
《神楽始祭》1.七五三舞、2.鳥居舞、3.火所舞、4.木綿四手舞、5.日蔭舞、6.馬槽舞、7.面白舞
《秋の太々神楽》1.七五三舞、2.神懸舞、3.恵楽舞、4.桂舞、5.矛舞、6.細目舞、7.鈴竹舞
13−1−7−2−4−8−12 の順
13−9−10−5−3−11−6 の順

常滑の太々神楽の文献
1.式正、2.奉幣、3.鳥居、4.木綿垂、5.矛、6.日蔭、7.葛、8.鈴竹、9.火処
10.真船、11.神かゝり、12.笑楽、13.細目、14.面白、15.志米、16.湯笹、17.常盤
最初と最後に2つずつ追加された形

常滑市榎戸の神明社で、現在行われているもの
1.式正、2.奉幣、3.金銀、4.湯タスキ、5.黒面、6.榊竹、7.鈴、8.扇、9.銚子、10.面白、
11.志米、12.湯笹、13.常盤
0−0−2−4−3−5−6−10−11−12−13−0−0 の順

常滑市宮下の神明社と、常滑市小鈴谷の白山社で、現在行われているもの
1.式正、2.奉幣、3.葛、4.黒面、5.細目、6.面白、7.湯笹、8.志米、9.常盤
0−0−5−3−11−12−0−13−0 の順



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